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新・翻訳アップグレード教室(37) [翻訳]

 毎回いろいろ小難しいことを書いているが、ひとつの理由は、いまの翻訳者の世界が、あからさまな批判や意見をひどく嫌う傾向があり、そのためピアレビューがなりたたない――それをなんとかしたいと思うからである。ピアレビューがなりたたなければ、翻訳の質はあがらない。仲良し同士なあなあでやっていたので発展がない。そうすると辛口の意見も出ようというものだ。
 褒めるというのもなかなか難しい。褒めるという行為は、相手を下に見るものであるからだ。それを承知していながら、同輩、もしくは先輩相手に褒め言葉が吐けるはずもない。
 そこを枉げて、枉げて、今回はプロらしい仕事に敬意を表するために、いつに似ず少々甘ったるい発言をするのを許してもらいたい。
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 本来ならあとがきに書くべきかもしれないが、『イエスの王朝』の共訳者、黒川由美さんの仕事ぶりには、たいへん助けられた。前半と後半のチェックを、字使いまでふくめて丁寧に行ない、字句の統一に心を砕いてくださった。もちろん、そういう細かいことばかりではなく、訳文のつくりかた、調べ物、なにからなにまでプロフェッショナルらしい仕事ぶりだった。
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 これはべつの話になるが、下訳を頼んで、原稿をもらったあと、その後の訂正や推敲の連絡を受けたことは、ほとんどない。もちろんあとはこちらの責任ではあるが、自分はここまで――という意識がはっきりしすぎているように思う。報酬に見合う仕事のしかたかもしれないが、力量を示す機会を失うことにもなるから、残念だと思う。
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 ぱらぱらと訳書をめくっていても、目に留まる文がある。リズムのいい文章であることが多い。それから、冒頭はたいへん重要だ。そこで読者を引き込めるかどうかが決まる。
『死海文書の謎を解く』は、この冒頭の訳文がたいへんすぐれている。風景など、立体感を出さなければならない描写は、訳すのが難しい。偏見かもしれないが女性は三次元の描写が得手ではないようだ。地図の読めない女、というやつかもしれない。しかし、ユダの砂漠を車で走っている場面を描いたこの部分を読むと、著者の眼前の風景がまざまざと目に浮かぶ。
『外人部隊の女』でも、いくつかそういう文章に出会った。シュトゥーカ(ドイツ軍の急降下爆撃機)が来襲する場面など、雰囲気を出すために記録映画を見たのではないかと思われるほど、きちんと描かれている。
 こうした訳は、ただ原文を「棒訳」しただけではできない。映像資料にあたることもだいじだし、位置関係を表わす絵を描いたり、模型を手に持って動かしてみたりすると、説得力のある文章を書くのに役立つものだ。そういった努力により、原文よりもすぐれた(!)文章になる場合もままある。
 こういう話題も、これから折々取り上げることにしよう。

 

イエスの王朝 一族の秘められた歴史

イエスの王朝 一族の秘められた歴史

  • 作者: ジェイムズ・D・テイバー
  • 出版社/メーカー: ソフトバンククリエイティブ
  • 発売日: 2006/05/20
  • メディア: 単行本


死海文書の謎を解く

死海文書の謎を解く

  • 作者: ロバート フェザー
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2002/03
  • メディア: 単行本


外人部隊の女

外人部隊の女

  • 作者: スーザン・トラヴァース
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/09/25
  • メディア: 単行本


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