新・翻訳アップグレード教室(26) [翻訳]
今回は、電脳辞書の弊害――大は小を兼ねない、という話。
DDWinという便利な電子辞書ツールがあって、翻訳者はたいがい使っている。『ランダムハウス英和辞典』と『リーダーズ英和辞典』のCD-ROM版をパソコンにインストールしてメインの辞書にする、というのが標準的な要領だろう。
ところが、大辞典というものは、小回りがきかない。つまり、改訂がなされるのに非常に時間がかかる。だから、この二冊のあとで出た中小の「紙の辞書」も併用しなければならない。
しかし、人間は得てして怠惰なものだから、ページをめくるという作業を怠りがちだ。そうすると、タイムリーな言葉がきちんと訳せないはめになる。
例を挙げよう。
incentiveの語義を『ランダムハウス』と『リーダーズ』からざっと拾うと(例文などは省略)……。
『ランダムハウス』――誘因、刺激、(増産のための)報奨金[物]、報奨旅行、コカイン。
『リーダーズ』――激励、刺激、誘因、動機、奨励金、報奨、発奮材料、励みとなるもの、《俗》コカイン。
2003年1月初版の『ウィズダム英和辞典』には、用例としてtax incentive「税制上の特例措置」とある。新聞の経済面をすこしでも読んでいる人間なら当然、incentiveが「刺激策」の意味で使われることが多いのを知っているはずだ。
つぎはcapabilityを見ていこう。
『ランダムハウス』――(…ができる)力、能力、才能、手腕、(物の)耐性、(…に対する)適応性、性能、(利用・発達の)可能性、(将来伸び得る)素質、将来性、潜在能力。
『リーダーズ』――能力、権限、才能、手腕、可能性、伸びる素質、将来性、性能、【電】可能出力。
『ウィズダム』には、以上のような語義にくわえ、項目を立てて――(国家の)戦闘能力、軍事力――とある。「中国の」capabilityというような文脈では、この訳語のほうが至当だろう。
さらにもうひとつ。love-festは、『リーダーズ』には「野合《利害が一致した対立党派どうしの協力》」とあるが、『ウィズダム』にあるように「(くだけて、おどけて)和気藹々とした状況」の意味で使われることも多い。
大辞典がよくないというのではない。電脳辞書の便利さはおおいに活用すべきだろう。しかし、アップデートが遅い(電脳ツールであるのに)という欠陥を知りながら使わなければならない。そこにある情報が最大で最良だとは努々思うことなかれ。