『幕末牢人譚』鳴海章 [本・読書]
縄田一男氏が解説で「往年の時代小説の語り口に現代性をプラスした、滅法、嬉しくなるような文体ではないか」等々、絶賛しておられるように、まず文体にぐいぐい引き込まれる。司馬遼太郎はすばらしかった。ほとんどぜんぶ読んだ。が、しかし、『箱根の坂』を越えたようで越えられなかったような気がする。関東平野のひろさが実感としてわからなかったのではないか、と思うのである。私事ながら、就職して関西に配属になったとき、距離感のちがいに唖然とした。関西人が大阪や京都から見て遠い、山奥、というような土地――たとえば丹波笹山や彦根――など、関東人にとっては指呼の間でしかない。北海道在住の著者には、江戸の距離感がよくつかめている。それがまずうれしい。しかも、『幕末牢人譚』では、幕末の英雄たちは脇役でしかない。「剣」の前には、彼らは影が薄いのである。『富士に立つ影』や『剣は知っていた』が大好きな僕としては、ぜひ鳴海さんにこの路線をどんどん書いていただきたいと思う。それと、面白かったのは「同時代人」が書き割りのごとく登場することだ。山田風太郎の明治小説を思い出した。解説も、ここからは本文を先に、といたって親切だ。
剣は知っていた I (ランダムハウス講談社時代小説文庫 し 1-15)
- 作者: 柴田 錬三郎
- 出版社/メーカー: ランダムハウス講談社
- 発売日: 2008/10/10
- メディア: 文庫