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『怒りの葡萄』を訳す、その3 [雑記]

スタインベックの作品には暗喩や引用が多く、気を付けなければならない。また、最近の翻訳を見ていると、「名詞」の時代考証をおろそかにしているものも多い。現代風に変えるのもよいが、できるだけその時代に使われていた言葉を探したい。たとえば、service station、gas stationは、日本でガソリンスタンドといいならわされているが、1930年代から使われていたのか? 『精選版・日本語大辞典』には1933年の用例が載っているから、よしとしてもいい。肝心なのは、この確認作業を行なっているかどうか、ということだ。
(第6章)
Graves「グレイヴズっていう名前の男を、この地から追い出せるやつなんかいるもんか」……Gravesは「地所の番人の子」を意味するので、こういっている。The Penguin Dictionary of Surnamesより。英米の名字にも意味があるのだから、気をつけないといけない。
evening bat「ヒナコウモリ」……「夕暮れのコウモリ」ではない。
bresh「柴」……brushの方言。
the mice scampered「ハツカネズミが迸(たばし)り」……「禽獣迸」と云ふが如し、と『支那文を読む為の漢字典』にある。水についての用法は、のちに表われた。『燃える果樹園』(シーナ・ケイ、鴻巣友季子訳・文春文庫)にも「ネズミは影のように迸り」とある。
(第7章)
worn bands「バンドブレーキがすり減っている」……いまでは考えられない仕組みだが……。
don’t pump oil「オイルを食いません」……シリンダーの精度が高いというのを売り込んでいる。
☆昔の自動車のことが出てくるので、この章はなかなか厄介だ。
(第8章)
late quarter-moon「……月は、下限を過ぎて、はかなく痩せていた」the first quarterであれば「三日月」だが、late quarterといっている。十五日の満月を過ぎ、新月に向かう細い月のことだから、月齢は二十六日だろう。「三日月」というのはちょっと抵抗がある。夜明け前に見えたのだから、新月に近づいている月であることはまちがいない。
truck side「あおり」……ふつうに使う言葉だと思うが、訳書ではなぜかあまり見かけない。
high brown biscuit「キツネ色に焼いたのっぽビスケット」……スコーンが起源といわれているが、スコーンはバターと牛乳を使い、ビスケットはラードとバターミルクを使う。むろんバターなど買えない貧困層の食べ物だからである。むくむくと高くなるので、この名がある。
chopping block「大俎板」……あとでここが豚をさばくのに使われるが、家の中が血で汚れるのを嫌って、外にあるのだろう。
great pan「天板(パン)」……オーブンの鉄のトレイのこと。
got the bit in his teeth an’ run off his own way「はみを噛んでしまって暴走する」……手綱を強く引くことを重ねると、口に噛ませたはみが効きすぎて、かえって逆効果になる。熟語にはなっているが、それにたとえている。
(第9章)
hams and buttocks「股と臀(でん)」……馬体の部分の名称。
off bay「左手(ゆんで)の鹿毛」……a team(馬二頭)のうち、off sideつまり道端とは反対側の馬のこと。右側通行だから、左側の馬を指す。
the anger of a moment「神の怒りはただしばしにて」……『詩篇30‐5』。スタインベックはしばしば聖書から引用するので、かならずコンコーダンスを調べなければならない。






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