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『怒りの葡萄』を訳す、その2 [雑記]

『怒りの葡萄』は、(1)聖書のように天地(あめつち)や気象のことを描く場面、(2)農民たちが地所を逐われ、あくどい業者にボロ自動車を押しつけられ、西へと流れていくありさま、(3)ジョード一家の物語が、コラージュのように組み合わされている。
 これを戯曲として上演するなら、(1)は朗読、(2)はスクリーンにモノクロの映像を映す、(3)は本筋の芝居、とすることも可能だろう。批判もあるかもしれないが、この訳では、それを念頭に置いた。だから、冒頭はさながら旧約聖書のようなことばになっている(それが原作者の意図であることはいうまでもない)。
『エデンの東』がそうであるように、スタインベックはまず風景描写からはじめている。それが肝心であるのは、この物語が、自然(かならずしも天災とはいえないが)にもてあそばれる人間の物語であるからだ。そこをあまり軽快に訳すのは、文学作品としての『怒りの葡萄』を軽んじることになるだろう。
(第1章 承前)
water trough「水飼い場の槽(おけ)」……牛馬に水をやることを「水飼う」という。「槽」は「かいばおけ」の意味もあるので用いたのである。
(第2章)
tan shoes「ヌメ革の靴」……あとでyellowと表現されているが、黄色に着色されているわけではないだろう。後世のことだが、TimberlandにYellow Bootsという製品がある。
flint「硬粒種のトウモロコシ」……耕された畑に「火打石」は転がっていないと思うから、flint cornのことだろう。
pint「パイント瓶のウィスキイ」……ほぼ二分の一リットルなので、ポケット瓶よりはだいぶ大きい。ただ、平たいので携帯しやすいだろう。
(第4章)
ol’ Tom’s boy「トム爺(おやじ)のせがれ」……なぜか「トムじいさん」という訳ばかりだが、ol’(old)は親しみをこめて相手を呼ぶときに用いる。「老いている」を意味するとはかぎらない。まして父親もおなじTomという名前だから、「先代」くらいの意味だろう。長男のトムが四十過ぎなら、父親は「爺さん」だろうが、そうも思えない。
irrigation ditch「用水路」……ditchとgutterは混同しやすいが、gutterは道路に平行する排水路、側溝。ドロシア・ラングは、『怒りの葡萄』に登場するような渡りびとたちが、用水路のそばで野営している写真を数多く撮っている。
water cut「雨裂」……第1章のgulliesと同。スタインベックは、文字どおりの意味でこの言葉を使っている。
freshet scars「出水に削られた小さな溝」
feeny bush「緑肥」……諸説あるのだが、feenyがseenieであるのなら、植物相から考えても、「センナ」ではなく緑肥に使われるseenie beanのほうが、畑のそばに植わって繁茂していることが、現実にありそうに思える。
(第5章)
gulch「ガルチ(深く切れ込んだ雨裂)」……gullyにしてもgulchにしても、人工物ではないことに、留意すべきだろう。
harrow「耙労」……かなり古い《ドゥーデン》の英和項目で見つけたのだが、奇しくも音がおなじなので採用した。
diesel nose「余熱栓」(グロープラグ)……ディーゼル・エンジンは、ガソリン・エンジンとは仕組みが異なる。それをよく知っておかなければならない。
fried dough「揚げパン」……ドーナツの先祖ではあるだろうが、形がちがうし、材料も異なる。もっと素朴な揚げパンだ。ちなみに、ドーナツの形を抜いたまんなかはべつに揚げ、ドーナツ・ホールと呼ばれる。こういったアメリカの家庭料理を知るにあたっては、『アメリカ南部の家庭料理』(アンダーソン夏代著/アノニマ・スタジオ)がかなり役立った。

アメリカ南部の家庭料理

アメリカ南部の家庭料理

  • 作者: アンダーソン 夏代
  • 出版社/メーカー: アノニマスタジオ
  • 発売日: 2011/12
  • メディア: 大型本



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