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新・翻訳アップグレード教室(41) [翻訳]

 明治時代のひとびとは偉かった。おかげで翻訳という仕事がなりたっている。漢学の素養のあるひとびとが、それまであまり知られていなかった新しい概念を表わす言葉を、さまざまなところから見つけ出してくれたからだ。現代のわれわれは、そういう作業をおこたっているといえなくもない。
 例えば、「情報」と訳される英語にはinformationとintelligenceがあるが、このふたつは原語ではまったくちがう使われ方をしている。前者は分析・評価前の生の情報であり、後者は国家の戦略的情報など、処理後の情報のたぐいである。前者は日本語では「報告」と訳したほうが適切な場合もあるだろう。
 後者はむろん狭義で「諜報」「スパイ(組織)」の意味もある。アメリカの情報機関は、CIA、DIA、NSAなどすべてをひっくるめて、Intelligence Communityと呼ばれている。「情報機関」という一般名称のおおまかな訳語では、この限定した諸機関の集合を正確に示しているとはいえない。しいていうなら「アメリカ情報機関集合体」とでもいおうか。これも訳語がない例である。
 strategy(戦略)とtactics(戦術)の区別がよくわかっていない例も散見する。これはなんとなく日本人のメンタリティを表わしているような気がする。たとえば、「K泉首相は郵政民営化という目的を掲げていたが、そのための戦略を欠いていた」という場合、全体を見通して物事を動かす大計画がなかった、ということになる。「戦術がまずかった」といえば、各方面への根回しや説得、国民への訴えかけが不足していたことを指す。おおまかにいえば、戦略は全体としての戦いであり、戦術は個々の戦い(現場)である。
 英語にかかわっていると、こうした概念のずれの問題にたえずぶつかる。問題意識がなければ、うっかり見過ごしてしまうのだろうが……。
 


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